PEM水電解は、多孔質材料にとって厳しい使用環境のひとつです。膜電極接合体は、1.6 Vを超える電位の酸性・高酸化環境で動作するため、アノード側ではカーボン系材料が急速に劣化することがあります。そのため、PEM電解槽アノード用の多孔質輸送層(PTL)には、こうした条件に耐えられるチタンファイバーフェルトが標準的に使われています。

PEM電解用チタンファイバーフェルトシート近接撮影

この記事では、PTLやGDLの選定で重要な材料特性、利用可能な仕様、そして電解槽用途でチタンファイバーフェルトを選ぶ際のトレードオフを整理します。

チタンファイバーフェルトとは何か

チタンファイバーフェルトは、焼結したチタン繊維による不織布状シートです。通常はGrade 1またはGrade 2の工業用純チタンが使われます。繊維径20-80 µm程度のチタン繊維をランダムな三次元ウェブ状に積層し、1000-1200°Cで真空焼結して接点を結合させます。これにより、連通気孔を持つ自立性のある多孔質シートが形成されます。

チタンファイバーフェルトストリップ積層PTL基材

この構造は織金網やエッチング箔とは異なります。ファイバーフェルトは直線的な流路ではなく、三次元的で屈曲した細孔ネットワークを持つため、電解槽の触媒層全体に気液をより均一に分配しやすいのが特徴です。

主要仕様

材質: CPチタン Grade 1 / Grade 2(ASTM B265ベース)

繊維径: 20–80 µm(一般的には20 µmまたは50 µm)

気孔率: 50–80%

厚み: 0.2–2.0 mm(PTLで一般的なのは0.25–1.0 mm)

平均孔径: 5–80 µm(繊維径と圧縮率で調整可能)

最大孔径(バブルポイント): グレードにより10–120 µm

シートサイズ: 標準で最大300 × 500 mm、カスタムカット可

電気抵抗率: 面方向ではなく厚み方向の面積抵抗 <10 mΩ·cm²(1 MPa圧縮時)

PEM電解槽における役割

PEM水電解槽では、PTLは流路プレートとアノード触媒層の間に配置されます。PTLには同時に複数の役割があります。

チタンファイバーフェルトシート交差配置
  • 水の均一分配:供給水を触媒表面全体に均一に届ける必要があります。ファイバーフェルトの細孔ネットワークは、大きな差圧なしでも毛細管作用を利用した分配を助けます。
  • 酸素ガスの排出:アノードで発生した酸素気泡は、PTLを通って流路へ抜ける必要があります。気泡が滞留すると触媒活性面をふさぎ、局所電流密度を上げてしまいます。ファイバーフェルトは相互連結した細孔で複数の排出経路を確保できます。
  • 電子伝導:PTLは触媒層からバイポーラプレートへ電流を伝えます。焼結された繊維間接点が金属伝導経路となり、接触抵抗が低いことが重要です。1-3 A/cm²の高電流密度では、わずかな抵抗増加でも発熱損失につながります。
  • 機械的支持:膜(通常Nafion、厚み50-180 µm)は柔らかく、圧縮でクリープしやすい材料です。PTLは膜を傷つけずに支持する必要があり、粗いメッシュやパンチング板より、ファイバーフェルトの細かな表面の方が膜にやさしい場合があります。

なぜカーボンペーパーではないのか

PEM燃料電池のカソード側では、カーボンペーパーやカーボンクロスがGDLとしてよく使われます。還元雰囲気で電位も低く、カーボンにとって比較的穏やかな環境だからです。しかしPEM電解槽アノードは、1.6-2.0 V vs. RHEの高電位かつ強酸性環境で動作するため、カーボンは酸化されて構造を失うことがあります。そのため、PEM電解槽アノード側では一般に避けられます。

チタンは安定したTiO₂不動態皮膜を形成し、酸性条件と高電位の両方に耐えやすい材料です。PEMアノード条件下でのCPチタンの腐食速度は、長時間運転でも非常に低いとされています。

気孔率と孔径:何を指定すべきか

気孔率

高い気孔率(70-80%)は水とガスの輸送性を高めますが、機械強度と電気伝導性は下がります。低い気孔率(50-60%)は接触抵抗や剛性の面で有利ですが、高電流密度では物質移動を制限する可能性があります。1-2 A/cm²で動作する多くのPEMスタックでは、60-75%が実用的な出発点です。

チタンファイバーフェルト表面質感詳細

孔径

小さな孔(5-20 µm)は、水管理に有利な毛細管圧と、膜との接触に適した滑らかな表面をもたらします。一方で、細かすぎると酸素気泡を抱え込み、物質移動過電圧を増やすことがあります。大きな孔(40-80 µm)はガスを抜きやすい反面、触媒層への圧力分布が不均一になることがあります。孔径は、繊維径と焼結時の圧縮条件で制御されます。

厚み

薄いPTL(0.2-0.5 mm)は厚み方向の抵抗とスタック全体厚みを抑えられますが、取り扱いが難しく、流路間隔が大きい設計では面内分配が不十分になることがあります。厚いPTL(0.5-1.0 mm)は面内分配には有利ですが、抵抗と重量が増えます。小型セルでは0.25-0.5 mm、大面積セルでは0.5-1.0 mmがよく使われます。

研究・性能向上向け表面コーティング

チタンファイバーフェルトは無処理でもPTLとして使えますが、表面のTiO₂酸化皮膜により接触抵抗が増えることがあります。研究用途や高性能スタックでは、以下のようなコーティングが有効です。

  • 白金(Pt)コーティング:PTLと触媒層の界面接触抵抗を下げます。一般的な付着量は0.05-0.5 mg/cm²で、スパッタ、電析、ALDなどで形成されます。
  • イリジウム(Ir)または酸化イリジウム(IrO₂)コーティング:接触抵抗低減に加えて追加触媒層としても機能し、両機能電極研究などで使われます。
  • ルテニウム(Ru)コーティング:一部の触媒スクリーニング研究で使われます。Irより低コストですが、高アノード電位での安定性は劣る場合があります。

FILTUREでは、これらのコーティング基材に適したファイバーフェルトを供給しています。洗浄やエッチングなどの表面前処理も、成膜プロセスに合わせて指定可能です。

発注時の注意点

PEM電解槽向けにチタンファイバーフェルトを指定する際は、気孔率目標(±5%)、厚み(±0.05 mm)、繊維径、最大孔径が重要です。研究段階では50 × 50 mmや100 × 100 mmなど、セル形状に合わせた小片で十分なことが多い一方、スタック試作では大判サイズと寸法公差管理が重要になります。

PEM水電解向けチタンファイバーフェルトの仕様や価格については、製品ページをご覧いただくか、設計条件を添えてお問い合わせください。